「あこがれ」

東シナ海に沈む夕日を見ながらみんなで一緒に歌うとき、そこには平和がありました。
友情、善意、温かい美しさがありました。 子どもたちは歌を歌うのが好きです。
コロナ禍で人に会うのが制限されるようになって、散歩しながらスマホで音楽を楽しむことが多くなった。
少年時代に、なぜイギリスや北米の歌を歌ったのだろうか。
そのひとつ、「埴生の宿」(Home Sweet Home)の一節一節は私のあこがれだった。

1 埴生の宿も 我が宿 玉の装い 羨まじ
のどかなりや 春の空 花はあるじ 鳥は友
おゝ 我が宿よ 楽し友 頼もしや
2 書読む窓も 我が窓 瑠璃の床の羨まじ
清らなり秋の夜半 月はあるじ 虫は友
おゝ 我が宿よ 楽し友 頼もしや

この歌について金鉉沃(キム・ヒョノク)教授に由来を聞いた。
英国人ヘンリー・ビショップ (1786~1855)が作曲し、米国人ジョン・ハワード・ペイン (1791~1852)が
作詞した。  「Home Sweet Home」はオペラ『ミラノの乙女』の主題歌で、イギリス民謡だ。
日本では「埴生の宿」として知られている。
ペインは人生の根本である家庭の大切さを歌に盛り込み、多くの米国人から尊敬された。
俳優兼劇作家で、アルジェリア駐在米国領事を務め生涯を終えたが、
彼の遺体が31年ぶりに帰国すると、米国大統領、閣僚、そして多くの国民が出迎え弔意を表したという。
しかし、皮肉にも彼は一度も家庭を持つことができなかった。
しかも、この歌詞は家もなく悲惨な放浪者の生活を送るときに書いたものだ。
さみしい放浪生活から家庭の大切さを思い知ったペイン。
家庭は彼が望むただ一つの夢だったかもしれない。
伝説のような有名な逸話がある。
1862年、米国の南北戦争当時、バージニア州のレパハノック・リバー戦闘の時のことだ。
軍人たちは、川一つを挟み血戦の激闘を繰り広げ、夜には激励と慰労のための音楽会が開かれた。
北部軍で演奏する音楽は、川の向こうの南部陣営にまで聞こえた。
故郷を懐かしむ単純な旋律。
静かに流れる歌に軍人たちは引かれるように外に出て、だれもが川に飛び込んだ。
両陣営の軍人は、互いが敵であるとことを忘れて抱き合い、涙の同胞愛を感じた。
この映画のような場面を演出した曲が「埴生の宿」だ。
戦争はこの一曲の歌で終わり、敵対感はそうして愛と平和に変わった。
小さな我が家が誰かにとっては切実な一生の夢であり、
退屈な今日一日がその日暮らしには人生の全てだ。
ペインはこのたった一曲の作詞で故郷を懐かしむ人々の胸に永遠に生きている。
かつて哲学者のアリストテレスは「幸せは人間の究極的な目標」と言った。
ドイツの哲学者カントは、「すべきことがあり、愛する人と希望があるなら、その人は今幸せな人だ」と言った。
音楽は心を豊かにしてくれる。

社会福祉法人こころの家族  尹基(Tauchi Motoi)   2023年1月1日

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